3リアクション
相手を思いやる心と相手に縛られる心
自分が、あることを弱点と解釈しているだけで、相手がそれを弱点と思っているかどうかはわからない。しかし、相手はそれを弱点とは思っていないことがよくあるということは繰り返し述べてきた。それなのに、相手は弱点とは思っていないことを一生懸命隠しているという人がいる。しかも、相手から見ると、それが隠されていない。本人がひとりで隠しているつもりになっている。たとえば、ある人は自分が臆病であることを隠そうとする。その人は、自分が何かを怖がることを「弱点」として解釈している。しかし、相手はそれを弱点とは思っていない。誰だって怖いものは怖いのである。怖がる性質を耐えがたいと感じているのは本人だけである。相手の人は怖がる性質を耐えがたいとは感じていない。人としてあたり前だと思っている。しかし、本人は自分が臆病であることを隠そうとしている。また、相手に隠すことに成功していると思っている。しかし、臆病を隠してみても、なにかを怖がっていることは本人の表情でわかる。その人は、自分の弱点がうまく隠せないと相手から見捨てられると思いこんでいる。自分の弱点があらわれると、相手に受け入れてもらえないと思っている。それなのに本人だけが勝手に、その弱点があらわれたら見捨てられるなど考えている。つまり、いらぬ心配をし、いらぬエネルギーの使い方をしている。そんな愚かなことがよくある。
だれかがだれかに言葉をかけているとして、その言葉に対して「無責任」ということばが与えられることがある。これって普通に見れば正しい言説ではある。
そうやって「そんな言葉なんて無責任だ」ということはあるけれど全てのことに責任をもてるの。責任を持つかどうかの前に考えなきゃいけないことがあると思うんだ。
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